プレゼンテーションの達人になる方法

理論研修室

プレゼンテーション脳

 ビジネスのコンペでは、提案内容をクライアントに伝えます。学位の公聴会では、研究内容を審査委員に伝えます。これらのように、ある内容を伝えようとするとき、表現手段として、主に、文書およびプレゼンテーションの2種類があります。
 私たちがプレゼンテーションを聴くときの理解のしかたは、文書を読むときの理解のしかたと全く異なります。まるで別の脳が働くと言ってもよいくらい、異なります。プレゼンテーションの達人になるためには、まず、「プレゼンテーション脳」の特徴をしっかり理解する必要があります。
 プレゼンテーション脳の特徴は3つあります。
 第1の特徴は、文書では、情報が100%目から入って来るのに対し、プレゼンテーションでは、目(スライド)および耳(トーク)という2つのチャンネルから情報が入ってくるということです。同時に2つのチャンネルに集中することはできないので、私たちは、スライドに注目したり、トークに注目したりという動作を、数秒ないし数十秒の間隔で繰り返しています。このため、ある瞬間に、目および耳のどちらに意識が向いているかということは、人によって異なります。また、もともと視覚優位、聴覚優位の個人差もあります。したがって、2つのチャンネルに、どのような情報をどのようなタイミングで提示するかによって、文書よりわかりやすくもなれば、わかりにくくもなります。
 スライドの内容(目)と説明トークの内容(耳)とがずれていると、聴く側は混乱します。たとえば、スライドが補正結果のグラフに変わったのに、説明トークで補正方法を説明していたら、聴く側は困惑します。また、円ドル為替レートのチャートをスライドに示しながら、「FRBが利上げを決めたからと言って、必ずしも円安になるとは限りません」と説明しているのに、チャートの中に利上げのタイミングが示されていなければ、聴く側は困惑します。
 さらに、上述のように、自然の状態で放置すると、ある瞬間に、目および耳のどちらに意識が向いているかということは、聴き手の一人一人ばらばらです。このような状態では、聴き手があなたのプレゼンテーションに引き込まれていると言えません。あなたのプレゼンテーションに引き込むとは、全員の意識の向き先を、ここではスライドに、ここではトークにというように、自在に支配するということです。
 経験の浅い自分にそんなことができるわけないと思われますか。それが、できるのです。
 人間には、目立つ感覚刺激が生じると、それに注目するという本能があります。この本能を利用するのです。商業デザインのプロたちは、これをジャンプ率に応用しています。ジャンプ率とは、目立つ要素と目立たない要素との差の大小を言います。ジャンプ率を大きく取ることによって、見る者の目をまず1カ所に集め、その後、より細かい情報の部分へと視線を誘導するのです。
 プレゼンテーションにおいても、たとえば、データのスライドが何枚も続いた後、急に人の顔がスクリーンに表れたら、誰でもスクリーンに注目します。また、「観察を続けるうちに、あることに気づきました。実は…」と言ったあと、わざと沈黙したら、誰だってスライドから目を離し、耳をそばだてたくなります。このように、ジャンプ率を使って、聴き手の注目先を支配することができます。
 第2の特徴は、視覚の影響が大きいということです。文書においても、デザインなどの視覚的要素はありますが、わかりやすくするという補助的な役割にとどまります。これに対して、プレゼンテーションにおける視覚は、情報そのものを伝えるという点で、言語と対等の役割を持ちます。
 たとえば、次のスライド例を見てください。

言語と視覚の組み合わせで情報を伝える例

 このスライドの中で、言語要素は「Distribution of hardness just before breakage」「270MPa Conventional」「破断」「せん断」「0.05mm」「0.1mm」「100」「150」「200」「250」「HV」です。これらの言語要素だけ読み取っても、意味不明です。かと言って、言語要素を無視し、視覚要素だけ眺めても、これまた意味不明です。視覚要素と言語要素とが、対等に組み合わされることによって、情報を伝えています。
 したがって、視覚要素の巧拙が、わかりやすさどころか、情報伝達そのものを左右します。
 第3の特徴は、それぞれの瞬間に理解が完結しなければならないということです。
 コンピュータが計算するとき、データをメモリにいったん読み込んでから処理するのと同じように、人間の脳が何かを理解するときにも、情報を短期記憶というメモリにいったん読み込んでから処理します。ただ、短期記憶の記憶容量は非常に少なく、情報量にして7個前後と言われています。このため、込み入ったことを理解しようとすると、短期記憶に覚えきれなくなることがあります。
 短期記憶に覚えきれなくなっても、文書であれば、必要な情報が書かれている箇所を読み返すことができます。読み返して得られた情報が短期記憶に入ると、先ほどまで覚えていた情報があふれて消えるかもしれませんが、先ほど読んでいた箇所に戻って読み返せば取り返すことができます。このようなことを繰り返せば、時間はかかりますが、なんとか理解することができます。文書では、理解するための時間が100%読み手に委ねられているので、これが可能です。
 ところが、プレゼンテーションではそう行きません。たとえば、実験方法のスライドで10種類の試料の明細を説明したあと、実験結果のスライドの1枚において、2種類の試料の結果を比較したグラフを次のような形で示されても、聴き手は、その2種類の試料で何が異なるのかを覚えていません。

不適切に試料符号を用いた図の例

 聴き手が実験方法のスライドに戻って見返すこともできません。したがって、この図が何の影響を表すのかを理解できません。
 説明トークについても同様です。たとえば、あるシステムのコンペのプレゼンテーションにおいて、「御社は、情報セキュリティが甘く…」と説明したらどうなるでしょう。クライアントに対して情報セキュリティが甘いと決めつけているようで、無礼千万と受け止められる恐れがあります。本当は「御社は、情報セキュリティが甘く、人材も乏しい顧客に対しても、このシステムによって、最高のサービスを提供することができるようになります」と言いたいのだとしても、聴き手は「御社は、情報セキュリティが甘く…」と聞いた瞬間、自分たちの情報セキュリティが甘いと決めつけられたと受け取るかもしれません。
 このように、スライドでは、理解に必要な情報を、そのとき映写しているスライドにすべて提示する必要があります。説明トークでは、センテンスを短く区切り、少しずつ理解を完結させながら進める必要があります。

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頭を切り換える

 多くのビジネスマンや学生にとって、文書を作るという作業が日常的であるのに対し、プレゼンテーションの準備はまれなことです。このため、文書を作るという仕事の延長でプレゼンテーションを準備しがちです。これが失敗の元です。文書をプロジェクターでスクリーンに映写しても、スライドにならないし、文書を朗読しても、口頭説明になりません。
 文書は約30センチの距離で読むので、近距離に焦点を合わせるために水晶体が膨らみ、水晶体周辺に負担がかかります。その代わり、被視体が近いので、細かいところまで識別することが容易です。一方、スライドは数m~十数mの距離から見るので、焦点距離が長く、水晶体周りの負担は小さいと考えられます。しかし、被視体が遠くなるほど、被視体の大きさが同じでも、視角が小さくなり、細部の視認が難しくなります。
 文書は斜めに立てた状態または水平の状態で見るので、文書を読むときは視線が下向きになります。これに対し、スライドを見るときには、視線が水平よりやや上向きになります。人間の眼の視野角は水平よりやや下を向いているので、スライドを見るときには、上下方向の視野範囲のうち上端に近い部分を使うことになります。また、視線が上向きになると上まぶたが上がるので、角膜が乾燥し、眼が疲れやすくなります。
 視覚だけについて見ても、文書とスライドとはこれだけ異なります。このため、日常的なデスクワークで書類を書くときの常識のいくつかが、スライドでは全く逆になります。したがって、プレゼンテーションを準備するときは、頭を切り換えないと大変なことになります。
 詳細は実技編で説明しますが、フォント、文字サイズ、線の太さ、キャプション(図・表につけるタイトル)、ハッチング(面を塗りつぶすこと)、文章、以上について、頭の切り換えが必要です。

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理解してほしいとおりに見せる

 プレゼンテーションにおける視覚は、情報そのものを伝えるという点で、言語と対等の役割を持ちます。したがって、各スライドのデザインにせよ、一連のスライドの構成にせよ、見たままに理解が進むように作る必要があります。
 残念なプレゼンテーションは、監督のいない映画に似ています。1枚のスライドに、語句、図形、グラフ、文章などが漫然と配置されています。その結果、たとえば、キーワードが薄く、矢印がくっきりしていたり、表のデータの文字が小さく、罫線が黒々と存在感を示していたりします。このプレゼンターは、矢印や罫線を見てほしいのでしょうか。
 また、複数のスライドの相互関係や枚数も、始めのスライドを作ったあとの勢いに流れています。
 つまり、プレゼンターの意図が感じられないのです。プレゼンターのメッセージがはっきりしないのに、聴き手に伝わるわけがありません。
 見たままに理解が進むためには、「このスライドでは、これをわかってほしい」という意図を明確化し、その意図に沿って、オブジェクト(語句、図形、グラフ、文章など)を統合する必要があります。さらに、「このスライドとこのスライドを組み合わせることによって、こういうことを理解してほしい」という意図を明確化し、その意図に沿って、複数のスライドを構成しなければなりません。
 そのためには、聴き手からどう見えるかという視点が大切です。プレゼンテーションの目的は、プレゼンターが「ああ、すっきりした」と満足することではありません。多くのプレゼンターが、自己満足のスライドで失敗します。手が込んでいても、自己満足のスライドは、聴き手を退屈させ、疲れさせます。最終的には不機嫌にします。聴き手が「ああ、よくわかった」と理解してくれ、「これはすばらしい」と評価してくれなければ、プレゼンテーションの意味がありません。
 初心者のうちは、聴き手からどう見えるかを想像することが難しいので、友人や家族にスライドを見てもらいましょう。友人・家族から何度かコメントをもらったら、新しいスライドでは、友人・家族に見せる前に、「これを見せたら、どんなことを指摘されるだろう」とシミュレーションしてみます。その後、実際に友人・家族に見てもらい、あなたが予想したコメントがどの程度当たったか、どのようなコメントを予想できなかったのかを分析します。これを繰り返すと、聴き手からどう見えるかを、自分だけで想像することが少しずつできるようになります。
 見たままに理解が進むようにスライドを作る上で、もうひとつ気をつけたいのが、アプリケーションの初期設定を信用するなということです。ほとんどの人が、スライド作成にMicrosoft PowerPointを使うと考えられます。Mac派は、Apple社のKeynoteを使うかもしれません。グラフを描くには、Microsoft Excelを使う人が多いでしょう。写真を貼り込むとなると、無料の画像編集アプリケーションを使ったり、本格的にやりたい人はAdobe Photoshopを使うかもしれません。
 これらのアプリケーションでは、線や色などさまざまな属性をカスタマイズできるようになっています。それらの属性を、製品出荷時の設定、すなわち初期設定のままでスライドを作る方がおられます。初期設定は、見たままに理解が進むようなスライドという点から見ると、不適切であることも少なくありません。特に、Microsoft Excelにおけるグラフの初期設定は、スライドにも印刷物にも向いていません。見たままに理解が進む設定としては何が最適かを、手を抜かずに自分の頭で考え、工夫しましょう。

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