学会のように、たくさんのプレゼンテーションがいくつかのセッションに分かれていて、セッションごとに座長(司会者)が決まっているタイプの講演大会であれば、座長に一言挨拶しておきます。座長には、そのセッションの分野で実績があり、ある程度地位のある人が選ばれています。そのセッションに関しては、座長がホストの役割を担うので、挨拶は礼儀と言えます。
また、受け持ちのセッションのプレゼンターが全員到着しているかを気にする座長も少なくありません。プレゼンターが無断欠席した場合、どう対処するかを座長が決めなくてはなりません。予定時間が過ぎてからプレゼンターが遅れて到着した場合は、次のセッションの開始を遅らせてでも発表を認めるかどうかを、次のセッションの座長などと協議しなくてはなりません。挨拶は、到着を座長に伝えることにもなるので、座長のセッション運営に協力する意味もあります。
聴き手のモチベーションを高めるには、アイコンタクトが大切です。プレゼンターが始めから終わりまでスクリーンを見続けてしゃべっていては、聴き手との間にアイコンタクトが全くないので、内容に興味を持ってもらえません。失礼でもあります。聴き手の顔を見て、しっかり語りかけましょう。
説明の途中に「えへっ」「くすっ」と何度も笑うプレゼンターがいます。何が滑稽なのでしょうか。学位の公聴会やコンペなど、重要なプレゼンテーションの最中に、何度もプレゼンターが笑いたくなるような滑稽な出来事など起こるわけがありません。緊張や羞恥を笑いでごまかしてはいけません。
本題からやや外れますが、緊張を笑いでごまかす癖は、早めに治さないと危険です。たとえば、顧客からクレームを聞いているときに、緊張のあまりうっかり癖が出て「へらっ」と笑ってしまうと、顧客が「笑われた」「馬鹿にされた」と受け取る恐れがあります。そこは笑うところではありません。
声の聴き取りやすさは、声の大きさだけでなく、高さにも依存します。音の高さは周波数で表すことができ、人間の耳は、約1,000ヘルツくらいの周波数の音に対して、最も感度がよいという性質を持っています。約1,000ヘルツより高くても低くても、感度が下がります。すなわち、物理的に同じ強さであっても、約1,000ヘルツより高くても低くても、耳には聴き取りにくくなります。人間の声はさまざまな周波数(高さ)の音を含むので、声が約1,000ヘルツ付近の成分を多く含むほど、聴き取りやすい、すなわち遠くまで届きやすいということになります。
オペラ歌手が、マイクを使わずに大ホールで桟敷席の端まで声を届かせることができるのは、1,000ヘルツ付近の音を効率的に出せるように発声を訓練しているからです。
一方、人間の日常会話の声は、人種にもよりますが、概ね1,000ヘルツより低い周波数が支配的です。イタリア人や中国人の声は、日常会話でも1,000ヘルツ付近の成分が比較的多く、聴き取りやすいのに対し、日本人の声は低い周波数の成分が多く、国際的に見ると聴き取りにくい方に入ります。
したがって、プレゼンテーションにおいて、日本人が日常会話と同じようにぼそぼそとしゃべっていては、聴き取りにくいことになります。マイクは、音の強さは増幅しますが、高さを変えてはくれません。つまり、ぼそぼそと聴き取りにくい声で説明していると、マイクで拡大しても、うるさくなるだけで、やはり聴き取りにくいのです。
口をほとんど開かず、口の形も変えず、まるで腹話術のように話す人があります(男性に多い)。こうなると、さらに重症で、前から3列目くらいより後ろの人にはほとんど聴き取れません。
プレゼンテーションのときには、マイクを使う使わないに関わらず、会場の一番奥にいる人に向かって話しかけるつもりで、普段より高い声を出しましょう。そうすると、いわゆる「大きい声」になります。その結果、マイクで拡大した声がうるさくなる場合は、声を低くするのでなく、歌手がシャウトするときにするように、マイクを離してください。こうすると、会場の隅々まで聴き取りやすい声を届けることができます。
腹話術の癖のある人は、鏡を見ながら、口を大きく開けて「ア、エ、イ、オ、ウ」と発声する口の体操を、普段からしておきましょう。5つの母音で、口の形が全く異ならなければなりません。たとえば、「ア」はリンゴにかぶりつくような形、「イ」は歯を食いしばるような形になります。
唇に触れんばかりに、マイクを口に近づけて使う人があります。プレゼンテーション慣れしている方にも少なくありません。マイクを口に近づけすぎると、マイクに入力される声のエネルギーが大きくなりすぎることがあります。これは、3つの理由で害があります。
1つ目は、スピーカーから出る音が大きくなりすぎて、うるさいということです。ただし、これは、気の利くスタッフいて、音響装置の音量を絞れば解決できます。
2つ目は、音が切れやすくなるということです。拡声機器の中には、過大な入力を受けると、増幅回路を保護するために、入力を強制的に遮断する仕組みを備えているものがあります。しゃべっている途中でスピーカーの音が途切れることがありますが、その現象の原因の一つがこれです。これは、音響装置を操作しても解決しません。
3つ目(これが最も深刻)は、物理的な音としての声はうるさいほど大きく届くのに、言葉が聴き取れなくなるということです。そのメカニズムを次のように考えることができます。
人間の声も、さまざまな周波数(高さ)の音を含んでいます。横軸に周波数を取り、縦軸にエネルギーの強さを取って、音のエネルギーがさまざまな周波数にどのように分布しているかを表したグラフをスペクトルと言います。一方、拡声システムには、音をトランスミッターで電波に変え、その電波を受信機で電気信号に変え、その電気信号をアンプで増幅し、…というように、エネルギーの形を変換するプロセスがいくつもあります。これらのプロセスを通るたびに、スペクトルが少しずつ歪んでいきます。拡声システムとしては、入力されるスペクトルと出力されるスペクトルとの差ができるだけ小さくなるように、それぞれのプロセスが組み合わされ、調整されています。
しかし、あるプロセスにおいて、入力されるエネルギーが無限に大きくなれば、出力されるエネルギーも無限に大きくなるかと言うと、そうではありません。出力できるエネルギーには上限があります。このため、入力されるエネルギーがある限度を超えると、出力側のエネルギーが上限いっぱいとなります。この状態では、入力側のエネルギーが2倍になっても、出力側はほとんど一定ということになります。
この特性が、周波数によって異なるので、ある周波数については入力エネルギーが出力側の上限に達しているのに、別の周波数についてはまだ余裕があるということが起こります。このため、入力エネルギーが大きくなりすぎると、変換プロセスの出力側スペクトルが大きく歪むことになります。
このようにして、マイクを近づけすぎて大声でしゃべると、スピーカーから出る音のスペクトルが生の声のスペクトルを反映しなくなります。最終的には、何をしゃべっても「ガーガー」「ワーワー」という感じの音ばかりになり、何を話しているのか聴き取れなくなります。
これも、音響装置の操作で解決しません。
そこで、まずマイクと口との間に拳が入るくらい、マイクを離して持ちます。次に、説明を始めながら、スピーカーから流れる自分の声がどのように聞こえるか注意します。そして、スピーカーから流れる自分の声が最もきれいに聞こえるように、マイクと口との距離を調整します。
学会のように、多くのプレゼンターが入れ替わり立ち替わりプレゼンテーションを行う形式の講演大会においては、たいてい詳しい時刻進行表が配布されます。それぞれのプレゼンターは、この進行表を見て、自分の出番の時刻を把握するわけです。
進行表の書き方は主催団体によって異なりますが、一つのプレゼンテーションに割り当てられている時間に、交替の時間も含まれていることが少なくありません。このような書き方をしている進行表に記される開始時刻とは、プレゼンターが演台に向かって歩き始める時刻ではありません。プレゼンターが第一声を発し、スライドショーを開始する時刻です。
このため、必要な物を持ってプレゼンターが席を立ち、通路を移動し、演台に原稿などを置き、USBメモリーをPCに挿し、スライドのファイルを開き、パワーポイントを起動し、スライドショーを開始するまでにもたもたしていると、持ち時間がどんどん減っていきます。せっかくプレゼンテーションが持ち時間ぴったりに収まるよう練習してきても、冒頭でもたもたする分、持ち時間をオーバーすることになります。
したがって、座長から紹介されたら、およそ20秒以内に発表を始められるように、前のプレゼンターが発表しているうちに会場前方に移動し、準備を整えておきましょう。ましてや、座長から名前を二度呼ばれるなど、もってのほかです。
当然ですが、持ち時間を厳守しましょう。持ち時間をオーバーするのは、「私は時間管理ができません」とPRするようなものです。
万一、まだ終わっていないのにプレゼンテーション終了時刻の合図があったら、その後の説明を大胆に簡略化し、約30秒以内で終わるようにします。結論(まとめ)のスライドを提示して「以上をまとめると、このようになります」と言い、今後の方針のスライドを提示して「今後の方針は、このように考えています」と言えば、約15秒で終わります。結論の内容は、それまでに説明したことを確認するだけであるし、今後の方針は抄録にも記載してあるはずなので、このようにサラリと済ませても、それほど影響はありません。
学会の講演大会や卒業研究発表会などでは、プレゼンテーションの後に質疑応答の時間が設けられています。一般に、質疑応答もプレゼンテーションの成否に大きな影響があります。
プレゼンテーションが「まあまあだな」と受け止められていても、質疑応答が充実していると、「よく勉強している」「よく工夫している」「苦労したんだな」と評価が高まることがあります。その逆のこともあります。
質疑応答にも持ち時間が決まっています。限られた持ち時間の中で、充実した質疑応答がたくさん交わされるほど、高く評価されます。
質問が込み入った内容であるため、答えにも時間がかかり、結果として持ち時間内で受けられる質問が少なくなるのは仕方ありません。しかし、プレゼンターの答えかたが不適切なために、時間を浪費し、持ち時間内で受けられる質問が少なくなると、プレゼンターへの評価が一挙に下がります。
特に印象の悪いのが、質問者を放置し、黙って長時間考え込むプレゼンターです。質問に3呼吸以内で答えられなければ、「わかりません」「調べて後でお答えします」などと答えます。こうすれば、すぐ次の質問を受けることができ、時間が無駄になりません。4呼吸以上考え込んではいけません。
質問と答えとを、行きと帰りに見立てると、一人の質問が一往復で完結するのが理想です。ところが、質問とずれた答えをプレゼンターが返すと、大抵の質問者は疑問が解消されるまで食い下がってきますから、二往復、三往復、…と時間がかかります。これもプレゼンターの評価を下げます。
質問の意図をしっかり理解し、ピンポイントの答えを返すようにしましょう。
とは言え、質問者が意味不明の質問をすることも少なくありません。プレゼンターが初心者の場合、「質問が理解できないのは自分が不勉強だから」と思い込みやすいのですが、どうしてどうして、トンチンカンな質問も、初心者が想像する以上によくあります。地位の高い質問者でも、あります。
そういうときは、質問の意図がはっきりわかるまで、何度でも質問の意味を確認しましょう。聞き返すのが失礼になるような気がするかもしれませんが、気になるなら、「経験が浅いので」「不勉強なので」など、自分を謙遜する言葉を添えれば、失礼な印象を与えません。確認を繰り返すうちに質問者の頭の中も整理されてきて、質問の趣旨が明確になり、プレゼンターがピンポイントの答えを返すことができれば、充実した質疑応答だったと評価されます。まれには、質問になっていないことに質問者が気づき、質問を取り下げることもあります。この場合も、プレゼンターの評価が高まります。
何度か確認しても質問の意図が理解できず、質疑応答時間を食いすぎているなと感じられる場合、特に、聞き返されるたびに質問者が同じ言葉を繰り返すようになっている場合は、「不勉強なので、どうしてもご質問が理解できません。申し訳ありません」と言って、切り上げます。こうすれば、すぐ次の質問を受けることができ、時間が無駄になりません。
意味不明の質問を受けたとき、いい加減に答えると、質問と答えとが必ずずれます。質問も意味不明で、プレゼンターも質問を理解しないまま答えているのですから、当然です。こういうトンチンカンな質疑応答になった責任は、意味不明の質問をした質問者にあるのですが、会場の聴き手たちはそうは見ません。「プレゼンターがトンチンカンに答えた」と見ます。そうなっては損です。
たとえば、「メタンの温室効果は、二酸化炭素と比べてどれくらいですか」という質問に対し、「メタンの温室効果は、二酸化炭素の約25倍です」と答えてはいけません。答えの中で「メタンの温室効果は、二酸化炭素」の部分が質問の言葉を繰り返しています。このように、質問のオウム返しで答えを始めると、「時間をかせいでいる」「答えられる知識が乏しいから、時間を引き延ばそうとしている」「文脈を把握できない」と受け取られます。簡潔に「約25倍です」と答えましょう。
「Global Warming Potentialは約25倍ですが、大気濃度が200分の1なので、正味としては0.1倍くらいです」のように、より正確な情報を盛り込むことで言葉数が増えるのは、全く問題ありません。
学会のように、多くのプレゼンターが入れ替わり立ち替わりプレゼンテーションを行う形式の講演大会においては、自分の出番が終わったら、後片付けをして、すなわち最初の状態に戻して、次のプレゼンターと交替するのが礼儀です。
持参して演台に置いた原稿などをすべて持ち帰ります。スライドのファイルを閉じます。マイクやポインターをもとの位置に戻します。
自分のスライドを開いたまま降壇すると、次のプレゼンターがそれを閉じなければなりません。これは、次のプレゼンターに対して失礼であるだけでなく、そのようすを多くの聴き手が目撃することになりますから、スライドを開いたまま降壇したプレゼンターの評価が下がります。
スライドは閉じなければいけませんが、デジタル・スライド・アプリケーション(パワーポイントなど)まで終了する必要はありません。アプリケーションまで終了すると、次のプレゼンターがスライドを開くときに、またアプリケーションが起動することになり、時間がかかります。
パワーポイントでは、パワーポイントを終了せずにファイルを閉じるより、パワーポイントを終了してしまう方が簡単なので、多くのプレゼンターがいちいちパワーポイントを終了しています。このため、次のプレゼンターがスライドを開こうとすると、いちいちアプリケーションが起動し、時間が無駄になっています。パワーポイントを終了せずにファイルを閉じる操作のショートカットを覚えておくと、スマートです。
本サイトの本題から少し外れますが、質問の適切なしかたについても、この機会に触れておきます。
プレゼンテーションに対する質問は、本来、疑問を解消するためになされるべきものです。ところが、自分の博識や権威をアピールするために質問する人が、ときどきあります。中堅およびベテランの方に多いですが、若手でも競争心の強い方にはまれに見られます。この種の質問は、上から目線で始まり、しばしば自慢話を挟んで、最終的にプレゼンターがいかに未熟であるかを証明しようとします。見方によっては、アカデミック・ハラスメント、パワー・ハラスメントと言えるかもしれません。
たとえば、研究発表会であれば、若手プレゼンターより中堅・ベテランの聴き手の方が強い立場にあります。コンペであれば、応募側プレゼンターより募集側の聴き手の方が強い立場にあります。このようなとき、強い側が自分の強さを再確認するために質問を利用するのは、卑しい行為と言うべきでしょう。このことがわかっていないのは当人だけで、わかる人には丸見えだし、その他の人にも「嫌な人だな」という印象を与えています。
「私は何のためにこの質問をしたいのかな」を一瞬自分に投げかけ、わざわざ敵を作らないようにしましょう。
何を聞きたいのかが不明確であったり、言葉の表現が稚拙であったりして、意味不明となる質問があります。
まず、頭の中を整理して、何を聞きたいのかをはっきりさせましょう。次に、それをどう表現するかを、手を上げる前に、ある程度考えておきます。
質疑応答の時間に、コメント、感想、助言などを述べるのは、質疑応答の本来の趣旨からややはずれますが、コメントや感想を述べていけないというわけではありません。質問が少なく時間が余る場合は、コメントや感想でもどんどん述べた方が、プレゼンターの励みになるし、聴き手もほかの聴き手がどう受け止めたかを把握できて、有意義です。
ただ、コメントや感想を述べるときは、「質問ではなく、コメントですが」と前置きするなど、率直に、それとわかるようにしましょう。むりに質問に仕立てようとすると、意味不明になります。
質疑応答の時間が限られている発表会の場合、一人の質問者が長く時間を取ると、ほかの人が質問する機会を奪うことになります。にもかかわらず、「貴重なご講演ありがとうございました」「大変興味深いご講演でした」などと、社交辞令で質問を始める方があります。こういう中身のない挨拶に時間を費やすのは、次の質問をしようと待っているほかの聴き手に失礼です。プレゼンターが喜ぶわけでもありません。
社交辞令を省き、すぐ用件に入りましょう。
質疑応答の時間が限られている発表会では、一人の質問者が長く時間を取ると、質問する機会をほかの人から奪うことになります。したがって、座長から指名され、質問の機会を与えられたら、次の質問者が待っている(かもしれない)ことを考え、質問時間をできるだけコンパクトに切り上げるようにするのが礼儀です。
卒業研究発表会のように、プレゼンターが初心者である場合、質問に対して十分な答えが返って来ないことがあります。少しやりとりしてもちゃんとした答えが返ってこなければ、それ以上時間をかけても同じです。このようなとき、プレゼンターの方から「申し訳ありません。わかりません」「調べて、後でお答えします」などと切り上げてくれればよいのですが、こういうときのプレゼンターはフリーズしているのと同じなので、待つだけ時間が無駄です。質問者の方から「お答えがむずかしいようなので、もうけっこうです。ありがとうございました」などと切り上げましょう。そうすれば、次の質問者にすぐ機会を譲ることができます。