日本語表現研修センター

第3研修室■まちがいだらけの文章作法

総論

文章作法で論理的思考力が磨かれる

 打合せ中に、相手がまちがっていることはわかるが、どこがまちがっているのかはっきり説明できないという悩みを持つビジネスマンが少なくありません。これは論理的思考力の不足です。
 また、ほかの人が思いつかないひらめきをいくつも発揮して成功する人がある一方、アイデアをいろいろ思いつくものの、やってみるとどれもうまく行かない人があります。
 このような悩みをお持ちのみなさん、朗報です。文章作法が解決します。
 あまり知られていませんが、日本語は、英語よりも、論理的内容を正確に表現することに適した言語です。英語の場合、長文になると、どの語句がどの語句を修飾しているかという構造が、わかりにくくなりがちです。ところが日本語の場合には、文章の工夫次第で、語句の意味まで考えなくても、どの語句がどの語句を修飾しているかという構造がひとつに決まるように表現することができるのです。
 このスキルを具体的に説明したのが以下の文章作法です。これらの基準に沿うように文章を書く練習を続けると、不思議なことに頭の中が整理されてきます。これは、論理的な文章を書くためには、頭の中が論理的に整理されていなければならないからです。頭の中を見ることはできないので、普通の人間にとって、部屋を片付けるように頭の中を整理することはなかなか容易でありません。しかし、文章は目で見ることができるので、どこに論理的な矛盾があるか一目でわかります。したがって、目に見える文章を論理的につじつまが合うよう書き直すことによって、頭の中が論理的に整理されるのです。
 論理的思考力と独創的発想力とは、全く別の能力のように思われていますが、実は深い関係にあります。アイデアの中には、当たりもはずれもあります。当たるアイデアは、論理的思考の集中力が極限まで高まったときに生まれます。アイデアがどれもはずれなのは、論理的思考の集中力が足りないからです。
 一方、コンピュータの逐次処理のように、人間が論理的思考力を逐語的に使っていては、時間がかかります。打合せ、面接、記者会見、質疑応答などにおいて、相手の論理的矛盾を一瞬で衝くためには、直感が必要です。つまり、論理的思考力と独創的発想力とは、ひとつの能力を別の方向から表現していると見てよいかもしれません。
 したがって、文章作法に沿うように文章を書く練習をつむと、論理的な思考力が磨かれ、さらに、当たるアイデアがひらめきやすくなるのです。

文章作法における三種の神器

 文章作法が実現しようとする価値は、次の3つです。

正確である。
論理的である。
わかりやすい。

 業務の文書や論文は、小説やエッセーとは異なり、正確な事実に基づいていること、書き込まれた思考の流れが論理的であることが必要です。
 そのためには、まず、事実、伝聞、推測、自分の意見、他人の意見をきちんと区別し、読み手にその区別がわかるように書きます。
 また、いろいろな解釈ができる文章では、正確と言えません。ひととおりの解釈しか許さないこと、すなわち一意性が必要です。
 わかりやすいとは、読み返さなくても、一度読んだだけで意味が理解できるということです。「文章ではこういう意味に解釈されるかもしれないが、ほんとうの意味はこれこれ」と、注釈を聞かないと正しく理解できないような文書では、意味を理解するだけで消耗してしまいます。組織の中で行き交う文書がすべてサッと読んだだけで意味が理解できるように作られれば、意味をくみ取るために使われていたエネルギーがもっとクリエイティブなことに向けられ、組織の生産性が高まります。
 正確であるためには、必要なことを漏らさず書かなければなりません。「書いていないが、前後の文章から理解できる」「書いていないが、なんとなくだいたいわかる」というように、読み手の想像力を借りなければ情報を伝えられないものは、研究論文、業務文書としては落第です。
 かと言って、表現がまわりくどかったり、無意味に語句・字数が多いと、わかりやすいと言えません。内容として必要なことが漏らさず伝わる限り、文章は簡潔であるべきです。

【悪い例】同じ製造条件で製造された鋼板でも、製鋼ロットが異なれば材質も異なるということがあると言える。

【よい例】同じ製造条件で製造された鋼板でも、製鋼ロットが異なれば材質も異なる。

誤字は恥

 誤字がないように、国語辞典をひいて確かめます。誤字は最も初歩的なミスであり、上司や顧客から誤字を指摘されるようでは恥です。モニター上では誤りを発見しにくいので、必ず紙にプリントして点検します。以外と意外、移動と異動、試行と施行、保証と補償のような同音異義語は特に要注意です。

文体を統一

 文体は「だ・である」体、「です・ます」体、いずれかに統一します。ある文書を作成する際、別の文書の一部をコピー・アンド・ペーストすることがあります。このときに、文体の統一、句読点の統一がくずれやすいので注意しましょう。

語句と意味、二股はだめ

 同じ概念を表す言葉は、単語の選び方、表記とも統一しておきます。たとえば、「制振性」「制振性能」「吸振性」のように同じ内容を表す言葉を漫然と混用してはいけません。ひとつの文書の中では、「制振性」なら「制振性」に統一します。「ペットボトル」と「PETボトル」とが混在するのもいけません。
 また逆に、異なる概念をひとつの言葉で表してもいけません。言い換えれば、ひとつの言葉を複数の異なる意味で用いてはいけません。
 次の【悪い例】では、「振動」という語句が、本来の振動の他に、「周波数」「振幅」という意味でも使われています。

【悪い例】振動駆動部に信号を加え、振動を変化させると、加えた振動が試料の固有振動と一致したときに共鳴して、振動が大きくなる。

【よい例】振動駆動部に信号を加え、信号の周波数を変化させると、加えた振動周波数が試料の固有振動数と一致したときに共鳴して、振幅が大きくなる。

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各論1 記号・文字のルール

括弧の使い方

 引用を表す括弧には、「」を用います。英文で引用を表すのに用いられる“ ”は、日本語にはマッチしないので、原則として日本文の中では用いません。また、引用の中にさらに引用が入れ子になっている場合は『』で表します。

【例】「拓哉が『結婚したい人がいる』と言ったことで、英子はショックだったらしい」と10月3日の日記に記されている。

 引用の中身が文章であるとき、最後の文章には句点をつけません。

【悪い例】Jonesは「当初の推測には誤りがあった。ノイズの原因は外部磁場である。」と述べている。

【よい例】Jonesは「当初の推測には誤りがあった。ノイズの原因は外部磁場である」と述べている。

 注釈を表す括弧には、( )を用います。このとき、括弧の外の文章は括弧の中が削除されても、文章として成立していなければなりません。

【悪い例】Jonesは(ノイズの原因は外部磁場である)と述べている。

【よい例】Jonesは「ノイズの原因は外部磁場である」と述べている。

 上記の誤りの例では、()の中を削除すると、「Jonesはと述べている」となり、文章として成立しなくなります。
 このように「」および()には特別の役割があるので、見出しなどに用いる括弧としては、【】、〔〕、《》、〈〉などが適当です。
 なお、文書のタイトルに「」をつけてはいけません。小学校の作文ではないので、引用でもないのに「」をつけると違和感があります。

句読点

 句点は「。」または「.」のいずれかに統一します。読点は「、」または「,」のいずれかに統一します。句点と読点との組み合わせについては、「、。」「,。」「,.」の3通りがあり、投稿論文のように、執筆基準で定められている場合は執筆基準に従うことになります。定めが特にない場合、横書き文書の句読点について、内閣閣甲第16号依命通知「公用文作成の要領」(1952)では「,。」を定めています。しかし、英文由来の「,」と日本語用に作られた「。」とを混用することへの違和感も強く、「、。」を使っている官公庁も少なくないようです。新聞は、横書きでも「、。」を使っています。
 「.」「,」は、もともと英文の句読点ですが、日本文で用いる場合は全角文字にします。
 読点を打つべきところと打ってはいけないところについて、本多勝一が「日本語の作文技術」(講談社)で明快な説明を展開しています。本多勝一によると、読点を打つべきところとして三原則があります。第1は、長い修飾語が二つ以上あるとき、その境界です。および重文(対立節がつながって一つになっている文)も同様。

【例】ひずみ振幅の範囲が十分小さければ、1次近似として損失係数はひずみ振幅に比例すると考えられる。

【例】本実験は応力振幅一定で測定を行ったので、本実験におけるひずみ振幅はヤング率に反比例する。

【例】山は高く、海は深い。

 第2は、語順として本来後に置くべき語句を最初に配置したとき、その語句の直後です。

【例】私は、その街で駒子が幸せだったのだろうかと思った。

 この例では、「私は」と「思った」との結びつきが強いので、この二つを離してはならず、本来なら「その街で駒子が幸せだったのだろうかと私は思った」と書くべきところ、「私は」を敢えて最初に持ってきたので、「私は」の後に読点を打つわけです。
 第3は、強調したい語句の直後です。

【例】きっぱり、縁を切った。

 上の例では、もし「少しずつ縁を切った」なら、「少しずつ」を強調する理由がないので、どこにも読点を打ちません。しかし、「きっぱり縁を切った」なら「きっぱり」を強調するために読点を打つと効果的です。
 一方、読点を打つべきでないところについても、本多勝一の説明は明快です。本多勝一によれば、読点は思想の最小単位の区切りを表す記号なので、ひとまとまりの思想を表す文の途中に読点を打ってはなりません。

【悪い例】就職活動は私の甘えた根性を、なおすいい機会でした。

【よい例】就職活動は、私の甘えた根性をなおすいい機会でした。

【悪い例】卒業後の進路を大学院に決定してから私は、高校生活の、三年間から比べると、いかに自分が勉強を怠けていたか、を思い知らされました。

【よい例】卒業後の進路を大学院に決定してから、私は、高校生活の三年間から比べると、いかに自分が勉強を怠けていたかを思い知らされました。

【悪い例】このことに関しては、7月14日付けの毎日新聞に、募集要項が載っていたので、明後日にでも大学へ募集要項をもらいに行けば、要項が貰えるのではないかと、思っています。

【よい例】このことに関しては、7月14日付けの毎日新聞に募集要項が載っていたので、明後日にでも大学へ募集要項をもらいに行けば、要項が貰えるのではないかと思っています。

漢数字と算用数字

 数字には原則として算用数字(1, 2, 3など)を用います。しかし、数字が熟語の一部である場合、数字と単位とが一体となって特別の読み方をする場合などは、漢数字(一、二、三など)で表します。

【例】300℃

【例】二人三脚

【例】二度あることは三度ある

【例】九分どおり成功

【例】一人旅

【例】参加者数は1人だった

ぱっと見の似た文字を区別

 長音を表す「ー」、英字のハイフン「-」、横罫線の「─」、漢数字の「一」、演算子のマイナス記号を正確に区別してください。

【悪い例】ハ─ドディスク ハ-ドディスク

【よい例】ハードディスク

【悪い例】top─class

【よい例】top-class

 また、目次で項目名とぺージ番号とを点でつなぎたい場合、省略や沈黙を表したい場合には、全角1文字の「…」が適当です。または、半角英字のピリオドを3個続けた「...」でもかまいません。しかし、中黒点を3個続けて「・・・」のように書いてはいけません。

意味のない当て字

 漢字を使うことに意味のない当て字は漢字で書かず、ひらがなにします。
 1952年4月4日内閣閣甲第16号通達以来、官民あげて、各種文書における日本語表現の平易化が進められてきました。その結果、手書きの時代には、「及び」「又」など意味のない当て字はひらがなで書く習慣が定着したかに見えました。ところが、パーソナル・コンピュータとともに、日本語のかな漢字変換が普及するにつれ、意味のない当て字が復活してきました。かな漢字変換で最初に漢字が提示され、漫然とそのまま確定する人が多いためと考えられます。
 明治時代の官報であるまいし、意味のない当て字はひらがなで書きましょう。

【例】
此の様に→このように
影響が有る→影響がある
成分が解る→成分がわかる
分ける事が出来る→分けることができる
強度が何故減少するのか→強度がなぜ減少するのか
或る温度より高い所では→ある温度より高いところでは

 これらの例のほか、つぎの言葉もひらがなで表記するのが適切です。

予め→あらかじめ
或いは→あるいは
如何→いかが
何れも→いずれも
(謂)所謂→いわゆる
於いて→おいて
概ね→おおむね
及び→および
難い→がたい
毎(に)→ごと(に)
更に→さらに
従って→したがって
即ち→すなわち
但し→ただし
因みに→ちなみに
共に→ともに
尚→なお
難い→にくい
殆ど→ほとんど
程→ほど
先ず→まず
又→また
未だ→まだ(いまだ)
尤も→もっとも
易い→やすい
様だ→ようだ

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各論2 用語(適切な言葉を選ぶ)

あれがあれして

 「この」「その」などの指示形容詞、「これ」「それ」などの指示代名詞は、何を指すのかが、読み手によって一意的でないおそれがあるので、できるだけ使わず、指示形容詞・指示代名詞が指す語句を、何度でも具体的に示します。同様にして、「温度」「コスト」など、広い概念を持つ単語を用いる場合も、「何の温度か」「何のコストか」が読み手に一意的に理解できるように、「何」の部分を何度でも具体的に書きます。

【悪い例】通常の連続熱間圧延工場で操業される加熱温度は1200℃ないし1250℃前後であることが多い。この結果によれば、1250℃の場合、T-1を得るためには、N量を15ppm程度未満としなければならない。しかし、このような低い水準のN量を安定して得ることは工業的には必ずしも容易でない。一方、温度を1050℃とすれば、25ないし35ppm程度であってもT-1を得ることが可能である。すなわち、低温加熱の工業的意義は大きい。

【よい例】通常の連続熱間圧延工場で操業される加熱温度は1200℃ないし1250℃前後であることが多い。上記結果によれば、熱延加熱温度が1250℃の場合、T-1の調質度を得るためには、N量を15ppm程度未満としなければならない。しかし、このような低い水準のN量を安定して得ることは工業的には必ずしも容易でない。一方、熱延加熱温度を1050℃とすれば、N量が25ないし35ppm程度であってもT-1の調質度を得ることが可能である。すなわち、軟質缶用鋼板の製造に対して、熱間圧延の低温加熱の工業的意義は大きい。

 このように表現すると、くどい印象もありますが、あなたは文芸作家ではないはず。くどい印象を与えることより、書き手と読み手との間で解釈の行き違いが起こる方が、リスクとして、はるかに深刻です。

自分を指す言葉、相手を指す言葉

 自分を指す言葉は、業務文書の種類、相手に対する書き手の立場に依存します。
 会社として決済を取った上で顧客に提出する文書であれば、「弊社」「小社」です。自社をへりくだる必要がない場面であれば、「当社」でもかまいません。学校として決済を取った上で交付する文書であれば、「本校」「本学」です。
 このような種類の文書で、個人としての書き手を指す自称語(私など)を使うことは原則としてありません。また、決済済みの文書に、個人的な判断で勝手な文章を書き込んではいけません。
 研究論文の場合は「著者」が一般的です。
 レポートでは、自分を指す言葉を使わずに済ませるのが望ましいですが、どうしても使わざるを得ない場合は「筆者」「報告者」がよいでしょう。
 個人としての書き手を指すのは「私」が一般的です。プライベートのやりとりだけでなく、一社員・一職員として社内外とのやりとりに使えます。やや硬いですが、「小職」も使います。「自分」はやめましょう。軍隊か体育会系のようで、違和感があります。「小生」も、仕事の場面では違和感があります。
 相手を指す言葉も、業務文書の種類、相手と書き手との関係性に依存します。相手が誰かによって、「貴社」「貴学」「貴校」「貴殿」「お客様」「読者」などとなります。宛名なら「お客様各位」「保護者各位」「学生各位」「志願者各位」「申請者各位」「応募者各位」「報道機関各位」「会員各位」「株主各位」などとなります。各位は敬称なので、各位の前にさらに敬称をつけて、たとえば、「株主様各位」とは言いません。「お客様各位」は例外です。
 個人に対する敬称は「様」が一般的です。「殿」は目上から目下に向かって使う敬称なので、使う場面が限られます。表彰状や辞令の宛名くらいでしょう。

「は」の使いすぎ

 「は」は、ほかとの違いを強調する働きをもつ係助詞です。次の例のように、さまざまな格助詞の代わりに使うことができます。

【例】試料は落下する。→試料が落下する。(主格=主語を表す)

【例】試料は破棄する。→試料を破棄する。(目的格=目的語を表す)

【例】英国は行った。→英国に行った。(目的格)

【例】芸能人は歯が命。→芸能人にとっては歯が命。(対象を表す)

【例】スポーツは結果がすべて。→スポーツでは結果がすべて。(分野を表す)

 このように「は」は、それ単独でも主格、目的格、そのほかさまざまの格で使うことができる便利な助詞です。そのため、文章力の乏しい人ほど「は」を乱用する傾向があります。しかし、安易に「は」を使うと、「は」で区別されている名詞(上の最初の例では「試料」)が主語なのか、目的語なのか、文章の構造が曖昧になる問題があります。したがって、主格(主語を表す)を除いて、単独の「は」をできるだけ使わず、適切な格助詞を使うようにします。

【悪い例】使用済みの試料は廃棄する。

【よい例】使用済みの試料を廃棄する。

 主格以外で「は」を使いたい場合、適切な格助詞の後につければ問題ありません。

【悪い例】英国は行った。

【よい例】英国には行った。

無責任な強調禁止

 「非常に」「きわめて」「著しく」のような強調表現は、基準が曖昧なので、できるだけ定量的な表現に言い換えるようにします。

【悪い例】Aの影響はBに比べて非常に大きい。

【よい例】Aの影響はBのそれの約1000倍であるので、Aの影響に比べてBの影響は無視できるほど小さい。

 商品・サービスの説明で曖昧な強調表現を使うと、顧客との間で解釈が食い違って、クレームになったり、最悪の場合、不当表示防止法違反になるおそれもないとは言えません。
 同様にして、「必ず」「絶対に」のような無条件表現も、使わないほうが無難です。「必ず…である」「全く…がない」と断定してしまうと、1000個に1個でも例外が見つかれば、その主張は誤りということになります。日常の会話でも、不用意に「必ず」「絶対に」などを使っていると、「あの人の言うことはオーバーだ」と信頼を失います。
 さらに、何かが存在することを伝えるのに比べ、何かが存在しないことを伝える表現には、格段の慎重さが求められます。たとえば、砂漠で偶然金貨を拾ったとき、「砂漠に金貨があった」と言って何の問題もありません。たまたま誰かが落としただけかもしれないし、どこかにさらに大量の財宝が埋まっているのかもしれませんが、「砂漠に金貨があった」という事実には違いありません。ところが、別の人が同じ場所に行って金貨を探したがなかったとき、不用意に「砂漠に金貨などなかった」と言ってはいけません。離れた場所で金貨が見つかれば、その人の言ったことは嘘ということになります。すなわち、論理学の立場から、何かが存在することを証明するのは比較的簡単ですが、何かが存在しないことを証明するのは、事実上不可能と言ってよいくらい困難なのです。
 したがって、異常や有害物質の検査結果を報告する文書において、「…がなかった」と断定してはいけません。「こういう方法でこういう範囲を検査した結果、検出されなかった」というように、具体的に表現しなければなりません。

問題な日本語

 「名詞+だ」には、連体形にして別の名詞を修飾できるものと、そうでないものとがあります。たとえば、「あきらかだ」「顕著だ」「急激だ」のように、態様を表す名詞の場合は、「あきらかな結果」「顕著な効果」「急激な減少」のように連体形で用いることができます。しかし、「失敗だ」「原因だ」「現象だ」などを連体形で用いることはできません。

【悪い例】この実験は失敗なことがわかった。

【よい例】この実験は失敗であることがわかった。

【悪い例】温度分布が原因な場合は、出力勾配の再調整が必要である。

【よい例】温度分布が原因である場合は、出力勾配の再調整が必要である。

物理的変化する

 名詞の中には「する」をつけてサ行変格活用の動詞になるものとならないものとがあります。「増加」「変化」「研究」などは、それぞれ「増加する」「変化する」「研究する」のようにサ行変格活用の動詞になります。しかし、「温度」「方法」「強度」などは、「温度する」「方法する」「強度する」とは言いません。
 ふたつ以上の名詞が結合した複合名詞の場合、その最後の名詞が「する」をつけてサ行変格活用の動詞になるものであっても、原則として、複合名詞全体に「する」をつけてサ行変格活用の動詞にしてはいけません。たとえば、「応用研究」は「応用」+「研究」とふたつの名詞が結合した複合名詞で、そのうち「研究」は「研究する」というサ行変格活用の動詞になりますが、複合名詞全体に「する」をつけて「応用研究する」と書いてはいけません。これは、文法的な理由のほかに、表現の一意性および論理性が失われやすいからです。したがって、例外はありますが、複合名詞全体に「する」をつけてサ行変格活用の動詞としてよいと確認できるもの以外は、複合名詞+「を行う」、複合名詞+「が起こる」などの表現が適切です。

【悪い例】応用研究する。

【よい例】応用研究を行う。

【悪い例】物理的変化する。

【よい例】物理的に変化する。

【悪い例】人口減少する。

【よい例】人口減少が起こる。

加速させる、促進させる、収集させる

 動詞を他動詞および自動詞に分けることができます。他動詞とは、ある客体に作用を及ぼす意味をもつ動詞を言います(広辞苑)。「まわす」「消す」「収集する」などが他動詞です。作用の客体を目的語と呼び、「…を」で表します。たとえば、「ねじをまわす」「火を消す」「事例を収集する」のように表現します。一方、自動詞とは、完結した意味を目的語なしで表すことができる動詞を言います。「まわる」「消える」「成長する」などが自動詞です。

【悪い例】傘立てが壊した。

【よい例】傘立てが壊れた。

【悪い例】落とし物を届いた。

【よい例】落とし物を届けた。

 上のような大和言葉の動詞の場合は、他動詞/自動詞の区別が容易であり、誤用する人はほとんどありません。しかし、「収集する」「成長する」のようなサ行変格活用の動詞では、注意が必要です。
 たとえば、「成長する」は自動詞ですが、使役の助動詞「せる・させる」をつけて、「成長させる」と表現することができます。こうなると、目的語をとることができて、「植物を成長させる」と、他動詞のように表現することができます。
 ところが、他動詞に「せる・させる」を同じようにつけると、おかしなことになります。たとえば、「収集する」は他動詞であり、「誰かが何かを収集する」のように使います。この「収集する」に「せる・させる」をつけて、「収集させる」と表現すると、「誰かに何かを収集させる」という使役の意味になります。

【悪い例】この法律によって、災害からの復興を促進させます。

【よい例】この法律によって、災害からの復興を促進します。

 上の例において、「促進する」は他動詞です。行政の長が【悪い例】のように表明すると、「誰かに促進させる」という意味になります。「なんだ。自分では何もしないで、人任せかい」と非難されかねません。強い意志を表そうとするあまり、勢い余って、他動詞にさらに「せる・させる」をつけてしまう誤用が、最近増えています。
 最近、特に目につくのが「加速させる」です。サ行変格活用の動詞には自動詞・他動詞両方の使い方のできるものがあり、「加速する」も自動詞と考えれば、「加速させる」をあながち誤用と決めつけることはできません。手を加えなくても、ひとりでに速度が増す現象は確かにありますが、たとえば、滝の水が下に行くほど速くなるのを「水が加速する」とは言いません。「加速する」は、どちらかと言えば、人為的な作用を加えた結果生ずる印象があります。したがって、「車を加速する」「ロケットを加速する」のように、他動詞と考えるのが自然であり、「復興を加速させる」「国際化を加速させる」と書かれると違和感があります。

加速化する、共有化する

 「目的」「対象」「明確」などは、サ行変格活用の動詞を作らないので、「目的する」「対象する」「明確する」とは言いません。ところが、「…化する」をつけると、「目的化する」「対象化する」「明確化する」のように、動詞にすることができます。
 しかし、もともとサ行変格活用の動詞を作る名詞に「…化する」をつけてはいけません。

【悪い例】加速化する。

【よい例】加速する。

【悪い例】共有化する。

【よい例】共有する。

倫理に対して学ぶ

 関係を表す表現の中でも、「対して」は、向かい合うこと、相手になること、または数量の割合を表します。漠然とした関係に、なんでもかんでも「対して」を誤用してはいけません。

【悪い例】倫理的行動に対しての規則

【よい例】倫理的行動に関する規則

【悪い例】学校教育で命の大切さに対して教える。

【よい例】学校教育で命の大切さについて教える。

【よい例】学校教育で命の大切さを教える。

台風による運休

 「AによるB」という表現は、Aが原因でBという結果が起こっていることを表しています。したがって、「台風による大雨」という表現は適切です。台風と大雨との関係が直接の因果関係であるからです。しかし、Aが何らかのきっかけとなってBという結果が起こったとき、なんでもかんでも「AによるB」と書くと不適切な場合があります。
 たとえば、台風と鉄道の運休との関係を考えると、台風が来なければ運休する必要がないので、台風と運休との間には確かに関係があります。しかし、直接の因果関係ではありません。台風が来たからと言って、盆を傾けたら水がこぼれるみたいに自然に運休になるわけではないからです。安全を確保するために運休しようと、鉄道会社が意思決定するから、運休になるわけです。したがって、「台風による大雨」と同じように、「台風による運休」と表現すると、運休がまるで自然現象のようで、違和感があります。このようなときは、「台風に伴う運休」と表現するのが適切です。

違反に対しての罰則

 動詞、形容詞、形容動詞に続くはずの文節に、名詞につく助詞をつけると見かけがよくありません。誤りではないので、内輪のやりとりでは問題ありませんが、フォーマルな文書では、動詞、形容詞、形容動詞に続くはずの文節が表す内容を、できるだけ名詞句にします。

【悪い例】違反に対しての罰則

【よい例】違反に対する罰則

【悪い例】なぜPETボトルが急増しているのかには、いくつかの理由が考えられる。

【よい例】PETボトルが急増している理由としては、いくつか考えられる。

【よい例】なぜPETボトルが急増しているのかというと、これにはいくつかの理由が考えられる。

見、し、得、

 「見る」「する」「得る」など、連用形が1文字になる動詞を連用形のまま読点の前に使うと、見かけも聞いた感じもよくありません。

【悪い例】北部同盟は、アメリカ軍の支援を得、カンダハルに侵攻した。

【よい例】北部同盟は、アメリカ軍の支援を得て、カンダハルに侵攻した。

 話し言葉では、物音などで「え」を聞き取れないと、意味がわからなくなります。「えて」と表現すれば、「え」を聞き逃しても、「…て」を聞いた瞬間に「えて」であっただろうと推測することができます。無線通信で使われる国際音標文字(Phonetic code)と同じ原理です。

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各論3 思考の流れを整える

脳の負担を少なくする

 文書の文章量が多いほど、わかりやすく書くことが重要です。読み返さなくても、一度読んだだけでスラスラ頭に入る文章とは、文字を見て理解する以上の仕事を脳にさせない文章であるということができます。
 わかりにくい文章では、ネタ(伝えたい情報の最小単位)が、相互の関係も順序も無視し、読み手にとって重要かどうかも無視して、思いつくままに並んでいます。これでは、読み手がネタを頭の中で再構成しなければなりません。
 文字を見て理解する以上の仕事を脳にさせないためには、文章を書き始める前に、まず、伝えようとする内容を整理し、何をどのような順序で伝えるかという「文書の設計図」を作ります。
 「文書の設計図」をつくる作業は、次の3段階からなります。第1は、ネタ(伝えたい情報の最小単位)をすべて書き出すことです。第2は、ネタ相互の関係を整理し、グループにまとめることです。大規模な文書では、いくつかのグループをまとめて、さらに大きなグループを作ることもあります。この作業にはKJ法が有効です(川喜田二郎「発想法―創造性開発のために」中央公論新社)。第3は、読み手が最も理解しやすい思考の流れに沿って、各グループの記述順序を決めることです。
 その上で文章を書き始めます。こうすると、読み手が最も理解しやすい思考の流れに沿って、段落と段落とが並ぶはずです。さらに、一つの段落を構成する複数の文章も、読み手が最も理解しやすい思考の流れに沿うように、順序を並べます。初心者のうちは、一つの段落をとりあえず思いつくままに書いてから、読み手が最も理解しやすい思考の流れに沿うように、順序を並べかえればOKです。今はワードプロセッサ・アプリケーションという便利な道具があるのですから、活用しましょう。

センテンスを短く

 一つのセンテンスが長いほど、脳の負担が増えるので、できるだけ短いセンテンスで切ります。

【悪い例】これらの容器は、商品を売るにあたり絶対に必要なものだがゴミとしてだされると燃やされて処分されているのが現状だと思う。一人が年間に出すゴミの量が、約60kgといわれているのに、世の中でどれ程の資源がゴミとして消えていっているのかと考えさせられた。

【よい例】これらの容器は、商品を売るためには欠かせない。しかしゴミとしてだされると焼却などの処分が必要になる。一人が年間に出すゴミの量は約60kgといわれている。世の中でどれ程の資源がゴミとして消えていっているのかと考えさせられた。

接続詞で流れを見える化する

 順序が、読み手が最も理解しやすい思考の流れに沿うように並んでいるだけでは、たいてい不十分です。接続詞を適切に使って、思考の流れを見える化しましょう。段落の頭に接続詞を置くと、前後の段落の関係を見える化することができます。文章の頭に接続詞を置くと、前後の文章の関係を見える化することができます。

【悪い例】学校周辺で、不審者の目撃情報が相次いだ。担任から、全校生徒に注意を促した。登下校に巡回を強化するよう、警察に依頼した。

【よい例】学校周辺で、不審者の目撃情報が相次いだ。そこで、担任から、全校生徒に注意を促した。さらに、登下校に巡回を強化するよう、警察に依頼した。

 よく使う接続詞としては、「しかし」「にもかかわらず」「ところが」「ただし」「もっとも」「逆に」「したがって」「すなわち」「言い換えれば」「そこで」「また」「一方」「次に」「さらに」「同様にして」「たとえば」「特に」などがあります。それぞれ役割が異なるので、最適の接続詞を選びましょう。

「しかし」と「したがって」

 逆接の接続詞には、原則として「しかし」を用います。文書の種類にもよりますが、「けれど」「けれども」「でも」「だけど」「が」「だが」「と言うか」「て言うか」を業務文書・研究論文の中で使ってはいけません。
 また、原因や理由を述べた後に、結果や結論を述べる際に用いる接続詞としては、原則として「したがって」を用います。文書の種類にもよりますが、「だから」「なので」を業務文書・研究論文の中で使ってはいけません。「ゆえに」「よって」「であるから」は、まちがいではありませんが、堅苦しいので、業務の文書には似合いません。

「そして」禁止

 「そして」は文学的、修辞的効果をもつ接続詞なので、キャッチコピーなどに使うと効果的です。しかし、その前後の文章の論理的関係が曖昧になりやすいので、研究論文の中では原則として「そして」を使わないようにしましょう。また、報告書、通達書、仕様書、手順書、連絡書などほとんどの業務文書にもなじみません。

【悪い例1】まず圧力設定バルブを左いっぱいまで緩める。そして電源スイッチを入れる。

【よい例1】まず圧力設定バルブを左いっぱいまで緩める。次に電源スイッチを入れる。(時間的前後関係)

【悪い例2】事故品の内径を測定した。そして、事故品の内径が設計より0.2mm大きいことがわかった。

【よい例2】事故品の内径を測定した。その結果、事故品の内径が設計より0.2mm大きいことがわかった。(結果)

【悪い例3】事故品の内径が設計より0.2mm大きかった。そして冷却水漏れにつながった。

【よい例3】事故品の内径が設計より0.2mm大きかった。そのため冷却水漏れにつながった。(因果関係)

【悪い例4】運転開始に先立ち、圧力設定バルブが左いっぱいまで緩めてあること確認する必要がある。そして、制御レバーが中立の位置にあることを確認しなければならない。

【よい例4】運転開始に先立ち、圧力設定バルブが左いっぱいまで緩めてあること確認する必要がある。また、制御レバーが中立の位置にあることを確認しなければならない。(並列関係)

逆接を繰り返すな

 ひとつのセンテンスまたは隣り合うセンテンスにおいて、使ってよい逆接の接続詞および接続助詞は、ひとつに限ります。「A、しかしB」という場合、BはAと逆の内容を表し、筆者が本当に言いたいのはBであるということがあきらかです。「A、しかしB、しかしC」という場合、BはAの逆で、CはBの逆ですから、論理学的には、C=Aということになります。本当に言いたいのはBかと思ったら、実は結局Aだったということになります。このように、逆接の接続詞および接続助詞を続けると、読み手が混乱し、著者が結局何を言いたいのかわからなくなります。

【悪い例】利便性から、金属缶に代わってPETボトルが普及するようになった。しかし、PETボトルは再資源化されているが、回収率が低いのが課題である。

【よい例】利便性から、金属缶に代わってPETボトルが普及するようになった。しかし、環境保護から見ると、PETボトルは再資源化されているとは言え、回収率が低いのが現状である。

名詞を並列に結合する表現

 複数の名詞を並列に結合するのに用いられる「および」「と」には、使い方に違いがあります。2つの名詞を結合するときは、「AおよびB」「AとBと」のように書きます。3つの名詞を結合するときは、「A、B、およびC」「AとBとCと」のように書きます。
 「および」と異なり、「と」は最後の名詞の後にもつく点に注意してください。最後の名詞の後につく「と」を省略して「AとB」のように表記してもまちがいではありませんが、最後の名詞の後にも「と」をつけるというルールを守ると、何と何とが結合されているかを正確に表すことができます。
 たとえば、「および」を使って、「弁護人および法廷が認めた傍聴者」と書くと、「弁護人、法廷の両者が共に認めた傍聴者」なのか、「弁護人」+「法廷が認めた傍聴者」なのか、区別がつきません。このような表現は、読み手によって解釈が異なり、トラブルの原因になります。
 ところが、「と」を使って、「弁護人と法廷とが認めた傍聴者」と書けば、「弁護人、法廷の両者が共に認めた傍聴者」以外の解釈ができないし、「弁護人と法廷が認めた傍聴者と」と書けば、「弁護人」+「法廷が認めた傍聴者」以外の解釈ができません。

「および」「ならびに」を使い分ける

 「および」「ならびに」は、いずれも並列を表す接続詞ですが、使い分けがあります。「AおよびB」というとき、通常、AとBとは同類です。一方、「AならびにB」というとき、BはAとやや毛色の違うものでなければなりません。
 したがって、「および」「ならびに」をうまく使い分けると、集合の論理的関係を表現することができます。たとえば、「AおよびBならびにC」は (A∪B)∪C を表します。

【悪い例】券売機では、千円札、五千円札ならびに壱万円札が使えます。

【よい例】券売機では、千円札、五千円札および壱万円札が使えます。

【よい例】券売機では、千円札、壱万円札ならびにクレジットカードが使えます。

「または」「もしくは」を使い分ける

 「または」「もしくは」は、いずれも選択を表す接続詞ですが、使い分けがあります。「AまたはB」というとき、通常、AとBとは同類です。一方、「AもしくはB」というとき、BはAとやや毛色の異なるものでなければなりません。

【悪い例】本人確認のため、運転免許証、身分証明書、もしくはパスポートを提示して下さい。

【よい例】本人確認のため、運転免許証、身分証明書、またはパスポートを提示して下さい。

【よい例】本人確認のため、運転免許証、身分証明書、もしくは生体認証登録を準備しておいて下さい。

仲間はずれは並列できない

 「および」「と」「または」などの接続詞・並立助詞で結ばれる語句は、原則として、同じ階層に属していなければなりません。「入試で化学、数学を選択する」のように読点で単語を並列する場合や、箇条書きなどで複数の内容を並列する場合にも、階層の異なるものを並列してはいけません。

【悪い例】カルロサ菌は、哺乳類とカエルに寄生する。

【よい例】カルロサ菌は、哺乳類と爬虫類に寄生する。

【よい例】カルロサ菌は、馬とカエルに寄生する。

文の格が異なるものも並列できない

 「および」「と」「または」などの接続詞・並立助詞で結ばれる文節は、前後の文節との意味的関係が全く同じでなければなりません。

【悪い例】一刻も早く原因と対策を立てなければならない。

【よい例】一刻も早く原因を究明し、対策を立てなければならない。

 上の例では、「対策を立てる」とは言いますが、「原因を立てる」とは言わないので、「原因」と「対策」とを「と」で結ぶことができません。

事故防止が叫ばれる中、新しい取り組みが

 ニュースや新聞では、「事故防止が叫ばれる中、新しい取り組みが始まった」のように、「…中、」を接続助詞として用いる表現がよく見られます。しかし、研究論文や業務文書の中で「…中、」を用いると、前後の文章の論理的関係が曖昧になります。できるだけ、「…中、」を接続助詞として用いないようにしましょう。

【悪い例】再生可能エネルギーによる発電量が増大する中、火力発電用タービン材料の耐熱性向上は、地球温暖化防止に依然として大きな影響を与える。

【よい例】再生可能エネルギーによる発電量が増大している。それでも、火力発電用タービン材料の耐熱性向上は、地球温暖化防止に依然として大きな影響を与える。

時間の流れを一方向に

 いくつかの文章をつないで手順や構造などを説明する際、時間の流れが行ったり来たりすると、読み手が頭の中で前後関係を再構成しなければなりません。時間が一方向に流れるように説明すると、わかりやすくなります。

【悪い例】鍋に水を入れ、沸騰させる。沸騰したら野菜を入れる。にんじんはほかの野菜より時間がかかるので、沸騰する前に入れる。水はミネラルウォーターを使う。

【よい例】ミネラルウォーターを鍋に入れ、火にかける。にんじんはほかの野菜より時間がかかるので、沸騰する前ににんじんを入れる。沸騰したら残りの野菜を入れる。

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各論4 言い切りの形

「である」から「する」へ

 初心者ほど、「…は…である」という形の文章を書く傾向があります。冒頭から「Aは…である」「Bは…である」「Cは…である」という文章が続くと、幼稚な印象さえ与えます。できるだけ「何かがどうする」という形で書きましょう。

【悪い例】まもなく出発です。

【よい例】まもなく出発します。

判明の言い切り方

 研究論文や報告書では、何かがわかったという記述がよく登場します。このとき、「…とわかった」と書いてはいけません。助詞の「と」に続く動詞は、「…と考える」「…と思う」「…と言う」「…と聞く」「…と見る」「…と名付ける」「…と替える」などに決まっています。「わかる」という動詞とは、あまり相性がよくありません。「…ことがわかった」「…ことが明らかになった」と書きます。

【悪い例】以上の結果から、飲料メーカーとしては、リサイクル性を見なおさなければならないとわかった。

【よい例】以上の結果から、飲料メーカーとしては、リサイクル性を見なおさなければならないことがわかった。

【よい例】以上の結果は、飲料メーカーがリサイクル性を見なおさなければならないことを明らかにした。

言葉のダイエット

 一定量の情報を伝えるのに、文字数が多いほど、読み手の脳の負担が大きくなります。したがって、あってもなくても変わらない語句は、どんどんカットして、文章をスリムにしましょう。特に文章を肥大化させやすいのが「…ことがわかる」「…と言える」です。この2つには、自信のなさそうな印象を与えるというマイナス効果もあります。
 たとえば、「図3より、運輸事業部では、売上げが減少している割りには、収益があまり悪化していないことがわかります」でなく、「図3より、運輸事業部では、売上げが減少している割りには、収益があまり悪化していません」と表現しましょう。
 また、初心者が書く文書の中で、「…と言える」がどうしても必要な箇所は、ほとんどありません。文書には、言えることが書いてあるに決まっています。なのに「…と言える」があちこちに書いてあると、うっとうしいだけです。

「…てしまう」禁止

 「…てしまう」という表現は、「…」が何かよくないことであるという個人的価値判断を含んでいます。このため、客観性が求められる論文や業務文書には、あまりふさわしくありません。
 たとえば、塗装業者が「この塗料が一番安いですが、耐久性は半分くらいになります」と言えば、耐久性が半分になるという事実をどう判断するかが顧客に委ねられています。このため、顧客としては、耐久性と値段とのバランスをニュートラルな状態で判断することができます。ところが、塗装業者が「この塗料が一番安いですが、耐久性は半分くらいになってしまいます」と言えば、塗装業者の価値判断を顧客に押しつけている印象を与えかねません。そうなると、耐久性と値段とのバランスをどう判断するかという問題が、塗装業者の価値判断を受け入れるかどうかという問題にすり替わり、顧客としては適正な判断がしにくくなります。

「…ていく」禁止

 「…ていく」は一種の強調表現で、読み手を惹きつける効果を持っています。しかし、使うべき必然性のないところに使うと、幼稚な印象を与えます。初心者のうちは「…ていく」を使わず、シンプルに「…する」を使うのが適切です。

【悪い例】このままでは悪影響が拡大していく。

【よい例】このままでは悪影響が拡大する。

推測の言い切り方

 推測や個人的な所感を表す表現としては、「…と考えられる」が最も一般的です。「…と推定される」「…と思われる」でもかまいません。研究論文・業務文書で、「…と考える」「…と考えた」「…と思う」を使ってはいけません。
 日記やSNSと異なり、研究論文・業務文書は公的な表明なので、研究論文・業務文書に記述することには、例え推測や個人的な所感であっても、ある程度の根拠や妥当性が必要です。「…と考えられる」という表現は、自発の助動詞「れる/られる」によって、ある程度の根拠や妥当性があることを表します。
 一方、「…と考える」「…と考えた」という表現は、純粋に個人的な表明です。まるで「通説やデータなんか知るか。私はこう考えるんだ。悪いか」「通説やデータとの整合性なんかわかりません。とりあえずこう考えました。違っていたらごめんなさい」と言っているような幼稚さを感じさせます。

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各論5 構文(文の構造)

主語と述語とを対応させる

 英語と異なり、日本語は必ずしも主語を必要としません。それどころか、主語のない方が自然であったり、美しかったりすることも珍しくありません。ただし、それは文芸作品や日常コミュニケーションの話です。文芸作品や日常コミュニケーションでは、わかりやすいだけでなく、美しいことが大切だからです。日常コミュニケーションでも、身だしなみに気を配るのと同じように、美しいことは大切です。
 しかし、研究論文や業務の文書の価値は別のところにあります。研究論文や業務の文書でも、美しいに越したことはありませんが、それより「正確であること」「論理的であること」の方がはるかに重要です。そうしないと、組織の生産性が低下したり、トラブルの原因になるからです。
 主語のない文章で「正確であること」「論理的であること」を実現するのも可能ですが、相当の訓練が必要です。通常の学生・社会人が、正確で論理的な文章を、できるだけ手間をかけずに書こうとするなら、主語と述語とをきちんと対応させる方が楽です。主語を省略してよい場合、省略する方が適切である場合もありますが、その場合でも、省略されている主語が何かを、書き手は即答できなければなりません。

【悪い例】なぜPETボトルが急増しているのかには、従来の容器にはない商品価値をPETボトルが持っていることや、従来の容器の場合、素材や製缶方法の改善は行われてきましたが基本的概念は19世紀に開発された缶詰と基本的に変わっていないなど、飲料容器に求められる機能の変化に対応ができていないことを物語っています。

【よい例】PETボトルが急増している背景には、従来の容器にはない商品価値をPETボトルが持っている可能性が考えられます。すなわち、従来の容器の場合、素材や製缶方法の改善は行われてきましたが、基本的概念は19世紀に開発された缶詰とほとんど変わっていません。その間に生活様式は大きく変化しました。したがって、飲料容器に求められる機能の変化に従来の容器が対応できていない可能性があります。

 上の【悪い例】では、「物語っています」という述語に対応する主語がありません。すなわち、何が物語っているのかが、わかりません。

赤い糸で結ばれた書き出しと結び

 「~として(は)…があげられる」「~として(は)…がある」「なぜなら…からである」「必ずしも…ない」「全く…ない」などのように、特定の書き出しと特定の結びとが対になる表現があります。このような場合には、書き出しと結びとを正確に対応させます。書き出しと結びとの対応がとれていないと、意味が通じなくなってしまいます。

【悪い例】実例として、自動車のオイルダンパーに使われている。

【よい例1】実例として、自動車のオイルダンパーがある。

【よい例2】たとえば、自動車のオイルダンパーに使われている。

 上の【悪い例】では、「実例として」は「使われている」を修飾するので、「実例として、自動車のオイルダンパーに使われている」と書くと、実例にするためにオイルダンパーに使われていることになってしまいます。本当は、自動車のオイルダンパーに使われていることが実例であるということを表現したいわけですから、「実例として」という書き出しを生かすなら、【よい例1】のように「…がある」と結びます。「…に使われている」という結びを生かしたいなら、【よい例2】のように、書き出しを「たとえば」に変えます。

同じ格を衝突させるな

 一つのセンテンスの中で、名詞(または名詞句)が述語に対してもつ役割を格と言います。たとえば、「日が沈む」と言うとき、「日が」は「沈む」という述語に対して主語の役割をもつので、主格に当たります。「重量をはかる」と言うとき、「重量を」は「はかる」という述語に対して動作の対象・目的の役割をもつので、目的格に当たります。これらの例のように、名詞に「が」「を」「に」などの格助詞をつけることによって、センテンスの中でその名詞がどのような役割を持つのかを表現します。
 一つのセンテンスの中に、異なる格がいくつあってもかまいません。たとえば、「妹が家族にメールで無事を知らせた」という文章では、「妹が」「家族に」「メールで」「無事を」はすべて格が異なるので、このように並立が許されます。
 しかし、同じ格が複数あってはいけません。たとえば、「燃料を中継基地で食料を補給する」と言うとき、「燃料を」「食料を」はいずれも目的格なので、同じ格が衝突しています。同じ格の名詞が複数あるときは、「中継基地で燃料および食料を補給する」のように、「燃料および食料」という一つの名詞句にまとめるようにします。

【悪い例】この制度は、日本の技術教育を、国際的な同等性を確保することが目的である。

【よい例1】この制度は、日本の技術教育において国際的な同等性を確保することが目的である。

【よい例2】この制度の目的は、日本の技術教育において国際的な同等性を確保することにある。

 上の【悪い例】では、目的格が衝突していることも問題ですが、それ以前に「日本の技術教育を」という目的格に対応する述語がありません。すなわち、「日本の技術教育を」が宙に浮いています。

長い名詞句と長いスピーチは嫌われる

 形容詞、形容動詞、文章などが名詞を修飾していて、全体として一つの名詞としてはたらく文章要素を名詞句と言います。たとえば、「増益」は名詞、「著しい増益」は形容詞が名詞を修飾する名詞句です。「顕著な増益」は形容動詞が名詞を修飾する名詞句です。「今期達成された増益」は文章が名詞を修飾する名詞句です。「今期達成された著しい増益」は文章および形容詞が名詞を修飾する名詞句です。
 ある名詞を詳しく説明しようとすると、その名詞を修飾する部分が長くなりがちです。文法的には、一つの名詞を修飾する部分をいくらでも長くすることができます。
 しかし、人間の脳が文章を理解するのに使うメモリーのサイズはあまり大きくないので、字数が多くなるほど理解しにくくなります。特に、名詞句が長くなると、理解度が急激に落ちます。

【悪い例】一度で獲得できる場合や、「アームを左右方向に動かす」「アームを奥方向に動かす」といった一連の動作を何度か繰り返し、アームを何度か賞品に触れさせることで賞品を取りやすい位置に移動させ最終的に賞品をゲットする場合がある。

【よい例】一度で獲得できる場合ばかりではない。たとえば、アームを左右方向に動かして賞品を移動させる。次にアームを奥方向に動かして賞品を別の方向に動かす。このようなことを繰り返して、賞品を取りやすい位置に移動させ、最終的に賞品をゲットすることもある。

 上の【悪い例】は、全体としては「こういう場合や、ああいう場合がある」という構造になっています。つまり、2つの場合があるということを伝えようとしています。ところが、2つ目の場合が「『アームを左右方向に動かす』『アームを奥方向に動かす』といった一連の動作を何度か繰り返し、アームを何度か賞品に触れさせることで賞品を取りやすい位置に移動させ最終的に賞品をゲットする場合」という長ったらしい名詞句になっているので、読み手は、この長ったらしい名詞句を全部頭に入れないと、文章全体の構造にたどり着けません。
 一方、【よい例】では、短いセンテンスに分割されているので、一つのセンテンスで理解が完結してから、次のセンテンスに取りかかることができます。
 次の例では、字数が増えているにも関わらず【よい例】の方がわかりやすくなっています。これは、センテンスの字数が増えていても、名詞句の字数が少ないからです。

【悪い例】ヒューマンファクターに起因する事故の研究が行われた。

【よい例】ヒューマンファクターに起因する事故について、研究が行われた。

名詞句は短くても危険

 名詞句に恨みがあるわけではありませんが、実は、短い名詞句であっても、誤解を招く運命を背負っています。名詞句において、名詞を修飾する修飾語句には、全く異なる2種類の使い方があり、どちらの意味で使われているのかを、前後関係を分析せずに判別する方法がないからです。
 たとえば、「美しい花」という名詞句を考えましょう。花をきれいに撮影するためのスキルを説明するために「まず美しい花を探してください」と書くとき、書き手は、「花の中にも、痛んでいたり、発色が悪かったりして、被写体にふさわしくないものがあるので、できるだけ状態のよい花を探せ」と言いたいわけです。この場合、「美しい」は「花」を限定するために使われています。このため、「美しい」を削除して「まず花を探してください」と書くと、意味をなさなくなります。
 一方、「メインゲート正面の花壇は、いつ来ても美しい花であふれている」と書くとき、「美しい」は「花」一般がもつ属性を表します。このため、「美しい」を削除して、「メインゲート正面の花壇は、いつ来ても花であふれている」と書いても、文章の趣旨は全く変わりません。
 このように、名詞句の修飾語句には、名詞を限定するための使い方と、名詞の一般的属性を補足説明するための使い方とがあります。名詞を限定するための使い方の場合、修飾語が表す内容は、名詞が表すものの一部にしかあてはまりません。一方、名詞の一般的属性を補足説明するための使い方の場合、修飾語が表す内容は、名詞が表すものすべてにあてはまります。この2つの使い方は相容れません。しかも、この2つを簡単に表現し分ける方法もありません。
 確実に誤解を避けるには、名詞句を使わず、「花の中にも、痛んでいたり、発色が悪かったりして、被写体にふさわしくないものがあるので、できるだけ状態のよい花を探してください」のように、詳しく説明するしかないでしょう。

同じことを別のことであるかのように偽装するな

 実質的に同じ内容のことを、あたかも別の事項であるかのように書いてはいけません。たとえば、貧困対策を論じる場面で、「貧困をなくすには、所得の低い労働者数を減らすことが重要だ」と書くと、一見、貧困をなくすための対策を提言しているかのように見えますが、よく考えると、「貧困をなくす」ことと「所得の低い労働者数を減らす」とは同じです。これでは、課題を言い換えたに過ぎず、無意味です。

【悪い例】東海村の臨界事故では、国へ届け出て承認を受けた本来の作業手順書とは別に、法律で定められた承認を受けずに作った内部手順書が使われていた。

【よい例】東海村の臨界事故では、法律で定められた承認を受けずに作った内部手順書が使われていた。

 上の【悪い例】では、「国へ届け出て承認を受けた本来の作業手順書とは別に」と「法律で定められた承認を受けずに作った」とが、実質的に同じです。

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各論6 修飾語の順序

はじめに

 「速い潮流」のように、修飾語が1つだけなら簡単ですが、「沖に向かって流れる速い潮流」のように、修飾する語句が複数ある場合、修飾語をどのような順序で並べるかによって、文章の一意性およびわかりやすさが格段に変わります。また、修飾語でないのに、修飾される言葉よりどうしても前に置かなければならず、修飾語と衝突しやすい言葉もあります。
 このような問題についても、本多勝一が「日本語の作文技術」(講談社)で、数学の公式のように明快なルールを展開しています。本章では、同書で説明されているルールを簡単に紹介します。詳しくは、同書を参照してください。

修飾される言葉と修飾語とを直結する

 ここで、「修飾語」とは、狭い意味でなく、広く「かかる言葉」を指しています。また、「修飾される言葉」も、広く「受ける言葉」を指しています。

【悪い例】私はA社がB社がC社が開発した技術を特許化したと見ていることを知った。

【よい例】A社が開発した技術をB社が特許化したとC社が見ていることを私は知った。

 上の例では、主語・述語の関係が4組あります。「A社が開発した」「B社が特許化した」「C社が見ている」「私は知った」の4組です。【悪い例】では、対応する主語と述語とが離れているため、誰が開発したのか、誰が特許化したのか、誰が見ているのかわからず、ちんぷんかんぷんです。これに対し、【よい例】では、対応する主語と述語とが直結されているので、1センテンスに主語・述語関係が4組も含まれているにも関わらず、一回読んだだけでスラスラと頭に入ります。

【悪い例】相当程度精密な検査を行う必要があると考えられる。

【よい例】精密な検査を相当程度行う必要があると考えられる。

 上の例では、書き手は「相当程度行う」と伝えたいのですが、【悪い例】では、修飾語である「相当程度」と修飾される言葉である「行う」との間に「精密な検査を」が割り込んだため、「相当程度」が「精密な」を修飾しているように誤解されます。

節が先、句は後

 修飾語がいくつもある場合、述語を含む修飾語(節の修飾語)を先にして、述語を含まない修飾語(修飾句)を後にします。

【悪い例】正確に装置を再起動して測定する

【よい例】装置を再起動して正確に測定する。

 上の例では、「正確に測定する」「装置を再起動して測定する」という2つの文章が1つにまとめられています。このため、「測定する」に対して「正確に」「装置を再起動して」という2つの修飾語を並べなければなりません。2つの修飾語のうち「装置を再起動して」は「再起動する」という述語を含むので、こちらを先に持ってきます。【悪い例】のように順序を逆にすると、「正確に」が「装置を再起動する」を修飾するかのように誤解される恐れがあります。

長い修飾語を先に、短い修飾語を後に

 同じ種類の修飾語がいくつもある場合、長い修飾語を先にして、短い修飾語を後にします。

【悪い例】詳しい機器による検査

【よい例】機器による詳しい検査

【悪い例】連続してひずみ振幅を一定にして測定した。。

【よい例】ひずみ振幅を一定にして連続して測定した。

大状況から小状況へ、重大なものから重大でないものへ

【悪い例】潤いをあなたの肌にサブミクロンサイズまで微細化されたミストが与えます。

【よい例】サブミクロンサイズまで微細化されたミストがあなたの肌に潤いを与えます。

【悪い例】株価が4%以上世界のすべての市場で下落している。

【よい例】世界のすべての市場で株価が4%以上下落している。

二つの修飾語が並ぶとき、親和度の強い言葉は離す

【悪い例】高性能スポンジが吸収された会社で開発された。

【よい例】吸収された会社で高性能スポンジが開発された。

 上の例において、「吸収」と「スポンジ」とは親和度の強い言葉です。このため、【悪い例】のように「吸収」と「スポンジ」とがすぐ近くにあると、「スポンジが何かを吸収する」と誤解しそうになります。「吸収された会社」の「吸収」は「吸収合併」という意味ですから、液体などを吸収する意味に誤解されないよう、親和度の強い「スポンジ」という言葉から離さなければなりません。

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